飾り山は7月1日から15日の午前0時まで福博の町14ヶ所で公開され、櫛田神社に向いた面を「表」その裏側を「見送り」と呼びます。
博多人形師による絢爛豪華な人形が飾られ「表」には武者物、「見送り」には童話・御伽噺・テレビアニメが題材になることが多いです。
以前は高さが15m程あった山笠を舁いていましたが明治時代に電気の普及による電線の敷設の為「舁き山」と「飾り山」に分化されました。
現在の「飾り山」は10m前後の高さで上川端通の飾り山のみが「走る飾り山笠」として追い山ならしと追い山で「櫛田入り」を奉納しています。
ただし番外の櫛田神社の飾り山は山笠期間が終了しても翌年の山笠まで1年間公開されています。
一度に沢山の飾り山を見物出来るのが川端地区です。
櫛田神社から川端通に出ると、上川端通・川端中央街・博多リバレイン・キャナルシティ博多に飾り山があります。
少し足を伸ばせば中洲流・東流・千代流、他にも市内各所に飾り山が設置され勇壮かつ絢爛美を競い合っています。
2015年度 舁出時刻表 | 山 番 | 一 | 二 | 三 | 四 | 五 | 六 | 七 | 八 |
流 | 大 黒 流 | 東 流 | 中 洲 流 | 西 流 | 千 代 流 | 恵比須流 | 土 居 流 | 上川端通 | |
1日 当番町お汐井取り |
17:30 | 17:35 | 17:40 | 17:45 | 17:50 | 17:55 | 18:00 | - | |
9日 お汐井取り |
17:30 | 17:35 | 17:40 | 17:45 | 17:50 | 17:55 | 18:00 | - | |
10日 | 流舁 | 17:00 | 18:00 | 16:00 | 17:00 | 16:00 | 18:00 | 17:00 | - |
11日 | 朝山 | 5:00 | 5:00 | 6:00 | 5:00 | 6:00 | 5:00 | 5:00 | - |
他流舁 | 17:00 | 17:30 | 15:00 | - | 16:00 | - | - | - | |
12日 追い山ならし |
町舁出 | 13:45 | 13:55 | 14:00 | 14:05 | 14:00 | 14:00 | 14:25 | 12:30 |
山列入 | 14:00 | 14:05 | 14:10 | 14:15 | 14:20 | 14:25 | 14:30 | 14:35 | |
櫛田入 | 15:59 | 16:05 | 16:10 | 16:15 | 16:20 | 16:25 | 16:30 | 16:35 | |
13日 集団山見せ |
町舁出 | 14:10 | 14:25 | 14:20 | 14:30 | 14:30 | 14:40 | 14:45 | - |
山列入 | 14:30 | 14:35 | 14:40 | 14:45 | 14:50 | 14:55 | 15:00 | - | |
舁出 | 15:30 | 15:35 | 15:40 | 15:45 | 15:50 | 15:55 | 16:00 | - | |
14日 | 流舁 | 17:00 | - | 16:00 | 17:00 | - | 16:00 | 17:00 | - |
15日 追い山 |
町舁出 | 1:15 | 1:25 | 1:30 | 1:35 | 1:30 | 1:30 | 1:55 | 1:30 |
山列入 | 1:30 | 1:35 | 1:40 | 1:45 | 1:50 | 1:55 | 2:00 | 3:35 | |
櫛田入 | 4:59 | 5:05 | 5:10 | 5:15 | 5:20 | 5:25 | 5:30 | 5:35 |
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舁き山が櫛田入りする「清道」の周りに特設の桟敷席が設置されます。
舁き手の緊張感、迫力の櫛田入り、一番山だけが許されている「博多祝い唄」が堪能できる最高のポイントですが全席有料。
桟敷券は毎年6月26日の朝発売されますが、徹夜組も多く即完売になります。※前売りのみで当日券はありません。
櫛田神社前の土居通りに櫛田入りする舁き山が勢ぞろいします。
スタートする山留め付近では時刻が近づくと独特の緊張感を肌で感じ、静から動へ変わる瞬間を見る事が出来ます。
スタートした舁き山が櫛田神社境内に入り、博多の町に飛び出すシーンを見る事が出来ます。
櫛田入りを終えて境内を出た直後の舁き手交代など迫力のある山笠の醍醐味を味わえる見物スポットです。
山留め付近と同じく競争率の高い見物スポットです。
櫛田入りを終えた舁き山が博多の町に飛び出します。
ここで山笠を待ち受ける舁き手も多く、道いっぱいに広がって進む山と男衆は壮観です。
東長寺前にも清道旗が立てられ、各舁き山は旗を回り反転し承天寺を目指します。
台上がりはは門前の住職に一礼するのが習わしとなっています。
走る飾り山笠・上川端通はこの清道を一周し大博通りへ出て冷泉町から上川端商店街へと戻ります。
博多祇園山笠発祥の地、清道旗が立てられ住職が施餓鬼棚に乗って山笠を迎え、台上がりの一礼を受けます。
近年では開祖の聖一国師の生家(静岡市)近くの沢水を「聖水」としてまかれるようになりました。
狭く細い道に立てられた清道旗を回る山笠は迫力満点です。
博多の町に作られた縦筋の一つ東町筋を一気に下呉服町に向かって走り抜ける。
かつての「主要道路」も現在は一方通行の狭い道、舁き手との距離も近く危険が伴うが承天寺前と同じく迫力満点!
旧魚町の下り坂は山足も速くなり、あっという間に通り過ぎますが玄人好みの見物スポットです。
道幅が広い大博通りは舁き山のコントロールが難しく右に左に蛇行しながら進みます。
舁き手も横に膨らんで進むため、迫力はイマイチですが歩道も幅が広く子供連れや団体など安心して見物できます。
道幅が狭く「オイッサ!オイッサ!」の掛け声が家並みに反響し迫力満点。
西町筋に入る90度のカーブは危険が伴い、舁き手が一層緊張感を増す場所である。
このカーブの箇所には「博多祇園山笠最大難所」の看板も取り付けられています。
舁き山で唯一コース上にある西流の山小屋を七つの山笠が通過します。
スピードを落とさず山小屋を通過する山は迫力満点、舁き手の腕の見せ所でもあります。
コース全長4キロの廻り止め(ゴール)、全速力で廻り止めを駆け抜ける山笠は迫力満点です。
コース全長5キロの廻り止め(ゴール)、全力で廻り止めを駆け抜け無事に山を奉納した舁き手達に達成感が溢れます。
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中洲、千代と共に飾り山を建てる七流の一つで昭和57年(1982年)から飾り山が登場。
呉服町交差点の「呉服町ビジネスセンタービル」前に山小屋が建てられ、ビル1Fエントランスには舁き山の人形が置いてある。
市営地下鉄呉服町駅の出入り口にも当り見物には便利で、勇壮で華麗な二本の山笠を同時に鑑賞できます。
中洲流と同じく飾り山とで舁き山で山台を共用し、行事が始まると飾り山の山台を引き出し舁き山の人形を飾って舁きます。
戦後の昭和24年(1949年)から飾り山を建て、現在は中洲大通りの「ホテルリソル博多」敷地内に山小屋が建てられます。
舁き山の人形は近くの「中洲Uビル」エントランスに置いてあり、当時から飾り山と舁き山で山台を共用するスタイルを継承。
酔客で賑わう九州一の歓楽街の夜、ライトアップされた飾り山には大人のファンが多いです。
昭和38年限りで飾り山を中断した千代流の悲願が叶い平成2年(1990年)に復活、オフィスビル「パピヨン24」前に山小屋が建つ。
都心部から少々離れていますが、山の高さ・出来具合・迫力と申し分ない素晴らしい飾り山を毎年奉納、一見の価値あり。
博多商人の心意気を継承する上川端商店街が運営、「走る飾り山笠」として有名。
昭和39年(1964年)当時の役員が「昔はこの大きな山を舁いていた」と櫛田入り参加を発案。
その年から「追い山ならし」と「追い山」で豪快な櫛田入りを披露、揺れる飾りや人形、煙を吐く仕掛などで見物客に大人気。
可動式で最高12mの高さで走りますが、全コース舁く事は出来ず東長寺の清道を廻り、上川端商店街へと戻ります。
※上川端通のみ山番八番が固定されています。2014年誕生から50年を迎えました!
平成17年(2005年)から奉納、大丸福岡天神店の「エルガーラ・パサージュ広場」に建てられています。
アーケード内ですが屋根が高く山小屋に収められた本格的な飾り山に仕上がっている。
毎年祭り終了後、解体された飾り山は九州国立博物館にて「国指定重要無形文化財・博多祇園山笠」として再公開されています。
かつて南流として舁き山を奉納していた地域だが商業機能が天神に集中し参加の中断を余儀なくされた。
昭和54年(1979年)渡辺通地区市街地再開発事業が完成「渡辺通一丁目」として復活。
ホテルニューオータニ博多前広場に山小屋を建て飾り山を奉納。
サンセルコのテナントや地元商店主が資金を出し運営、手掛ける人形師も地元居住で地区ぐるみの山笠と言える。
ダイエー香椎駅前店の飾り山を継承する形で平成12年(2000年)からホークスタウンモールのドーム前広場に山小屋が建つ。
現在は「ヤフオクドーム」だが従来の「福岡ドーム」で参加、他の飾り山と違い表にホークスを題材に人気選手の人形が飾られる。
百道方面唯一の山笠として異彩を放ちホークスファンや親子連れを楽しませる。
昭和39年(1964年)に飾り山が初登場するが、この年のみ。その後昭和47年(1972年)から毎年奉納されている。
福岡市の陸の玄関JR博多駅のJR博多シティ前広場に建つが、市営地下鉄工事の際は駅内に納められ高さが抑えられた事もある。
2011年3月の博多駅リニューアルに伴い山小屋も杉の丸太8本で組立てる珍しい構造に、山笠と山小屋の迫力を堪能できる。
平成8年(1996年)のOPEN時から大型複合商業施設キャナルシティ博多のサンプラザステージに建てられています。
山小屋がないので四方八方から楽しむ事が出来、どこから見ても「ヨカ山笠」と言われるよう人形師の努力が続いている。
モダンな施設と伝統美のコラボは来店客にも評判が良く夏のイベントとして定着している。
大黒流の構成町で明治通から川端通商店街に入った一角が川端中央街。
以前は東下新川端町と呼ばれていたが昭和41年(1966年)に川端中央街へと変更、昭和46年(1971年)から飾り山を奉納している。
平成10年(1998年)から見送りが全て「ドラえもん」である。
天神の商業・ホテル施設ソラリアプラザの吹き抜け、イベントスペース「ゼファ」に建てられます。
江戸時代の「旗指し山」を復元する形で平成4年(1992年)より奉納、現在は西鉄沿線あるいは九州での出来事を題材にしている。
飾り山公開に合わせて実施される山笠の歴史等のパネル展示も好評である。
昭和24年(1949年)福岡部に初めて建てられた飾り山で60年を超える歴史を持つ。
見送りに初めて童話やアニメをテーマにするなど革新的な山笠で、その意味での「飾り山笠」を広めた功績は大きい。
山小屋は毎年同じ位置に建てられるが平成20年(2008年)の春、メルヘン広場にアーケードが設けられ屋根の下に収まることに。
※平成6年(1994年)7月7日夜半、心無い者による放火により飾り山が全焼する事件があったが、犯人は不明のまま。
複合施設「博多リバレイン」前に山小屋が建てられています。
この地域は大黒流の区域で平成3年(1991年)まで「下川端通」、平成5年(1993年)まで「寿通」と2本の飾り山が建っていました。
下川端地区市街地再開発事業の開始に伴い奉納休止、再開発事業が完成した平成11年(1999年)2本の飾り山を統合し奉納再開。
平成24年(2012年)からは祭り終了後、博多リバレイン5Fアトリウムガーデンで再公開されています。
博多祇園山笠の舞台となる櫛田神社の境内に建つ常設の飾り山。
昭和39年(1964年)から地元TV局KBC九州朝日放送と博多祇園山笠振興会が奉納している。
祭りの終了とともに山笠は解くのが決まりだが、期間外でも山笠の雰囲気を感じて欲しいと発案、観光客用に一年通して公開。
表は時代物で他の飾り山と変わらないが見送りは神社らしく櫛田神社宮司が日本神話の中から決めたものを題材としている。
平成23年(2011年)より担当人形師が3年毎の持ち回り制となった。